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浦和地方裁判所 昭和52年(わ)657号 判決

被告人 平澤寬

昭二・一〇・二〇生 無職

主文

被告人を懲役二年四月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤三包(昭和五二年押第一六八号の1ないし3)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、いずれも法定の除外事由がないのに、

第一、昭和五一年二月一四日ころ、浦和市太田窪二丁目一一番二一号光荘内の当時の被告人方において、花澤(旧姓関)敏行に対し、塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤である結晶状粉末約〇・〇三グラムを無償で譲り渡し

第二、同月二二日ころ、前同所において、吉野一昭に対し、前同様の覚せい剤である結晶状粉末約〇・三グラムを代金二万円で譲り渡し

第三、同月二三日ころ、前同所において、前同様の覚せい剤である結晶状粉末約一・七六〇五グラム(昭和五二年押第一六八号の1ないし3はいずれも鑑定に費消したその残量)を所持し

第四、後藤某と共謀のうえ、営利の目的で、昭和五二年三月一五日ころ、川口市並木三丁目一七番五号奥ノ木第二マンシヨン五〇一号室南正行方において、同人に対し、前同様の覚せい剤である結晶性粉末約二〇グラムを代金四〇万円で譲り渡し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第四の犯行につき、被告人は南正行と後藤某との間の覚せい剤取引について、南から依頼され、南が後藤から本件覚せい剤を買受ける仲介の口ききと、物と金の受け渡し取りつぎを行なつたにすぎず、またこれによつてなんらの利益も得ていないから、後藤との共謀共同正犯は成立せず、譲り受けの幇助犯にすぎないものであり、また営利の目的もない旨主張しているので判断する。

一、そこで、まず本件の事実関係を関係各証拠によつてみると、次のように認めることができる。

(イ)  被告人は、昭和五〇年五月ころから覚せい剤の密売を始め、博徒住吉連合領家一家の構成員笠井こと佐藤義信や当時都内赤羽に住んでいた後藤某から月平均一〇グラムから二〇グラムの覚せい剤を仕入れ、その利益で生活していたが、昭和五一年二月、覚せい剤取締法違反で警察に指名手配されてからは知人の家を泊り歩くなどして逃亡生活をつづけていた。

被告人は昭和五〇年一〇月ころ、住吉連合系磧上一家幹部田村好の紹介で、いわゆる覚せい剤の売人である南正行を知るようになつたが、本件犯行当時、被告人は南より覚せい剤の密売では先輩格にありながら警察に追われ金にも窮する状態であつたのに対し、南は昭和五一年五月ころから覚せい剤の密売を大きくやり羽振りもよかつたことから必ずしも二人の仲はしつくりいつていなかつた。

(ロ)  被告人は昭和五二年三月一五日ころの昼間、南の密売の手伝をしていた永井勝四とともに南の住むマンシヨンを訪ねたところ、当時警察の手入のため自己の仕入先のいわゆるネタ元から覚せい剤を入手できず困つていた南から、覚せい剤のネタ元を紹介してほしい旨の依頼を受け、被告人のネタ元である後藤から南に覚せい剤が入るようにしてやれば、まとまつた量の取引をせわすることにより、当時被告人が後藤に負つていた覚せい剤の代金一〇万円の借金の負担をすこしでも軽くできるうえ、後藤や南からも自己のもうけが得られると考え被告人には手持金がなかつたことから南に前金を出してもらうことにし、南に覚せい剤の必要量を聞いたうえ、隣室に行つて後藤に電話で連絡をつけ、後藤に被告人が取引の仲立をする旨つげて同人と折衝し、覚せい剤二〇グラムをグラム単価二万円で仕入れる話をつけ、これを南につたえた。南は、二〇グラムの覚せい剤が四〇万円で入手できればよいとの気持であつたので、その範囲内なら被告人が中間差益を得てもかまわないと考えていた。

(ハ)  被告人は同日午後六時ころ、南から現金四〇万円を預り、被告人に金を持ち逃げされることをおそれる南の指示で同行する永井を伴い、小美野定夫の運転する車で春日部市内の後藤方に行き、同日午後七時過ころ現金四〇万円を後藤に手渡し、後藤から合計約二〇グラムのビニール袋入り覚せい剤二袋を受取つた。

又、その場で被告人と永井は右と同種の覚せい剤を後藤から貰つて注射し、あとから後藤方に来た小美野も被告人から本件覚せい剤の一部を貰つて注射して品質の確認をした。

その後、被告人は後藤方を出て、永井・小美野とともに同日夜遅く南方に戻り、本件覚せい剤を南に渡し、南が棒秤りで検量したうえ、四人で本件覚せい剤で試し射ちして改めて品質をも確認した。なお、被告人はその直後に南から現金一万円を貰つた。

二、そこで、右認定の事実に基づき、本件の訴因である被告人が後藤某と共謀して南正行に本件覚せい剤を譲渡した事実が認定できるものであるかを検討するに、本件においては、覚せい剤所有者である後藤某が覚せい剤の大口密売者で物資の不足していた南正行に対し覚せい剤を譲り渡したものであつて、被告人が本件覚せい剤の流通の独立当事者でなかつたことは証拠上明らかであるところ、被告人は、右後藤をして、隔地者である未知の南に対し、性質上、隠密裡にかつ仲間信頼関係のもとで取引される覚せい剤を譲渡する意思を喚起させ、南との仲立一切を行い、南との間に覚せい剤譲渡に関する取引量、単価・代金決済方法、取引日時場所の約定を含む合意を締結させ、現実に代金の決済及び物件の引渡をも担当した(後藤は、被告人の活躍のために消極的に注文に応じ、自宅で代金を受領し物件を提示したにとどまる)のであつて、本件覚せい剤の流通に最も支配を及ぼしたとさえ評しうるのであるから、本件覚せい剤の譲渡について、所有者である後藤と意思を通じ重要なる実行々為を分担したもので、「共同シテ犯罪ヲ実行シタル者」に該当すると認めるのが相当である。被告人は、本件覚せい剤譲り渡しの共同正犯であると認めねばならない。

弁護人は、被告人が本件覚せい剤譲り受けに加功したものであると主張しており、なるほど前認定の事実からすれば、被告人が南の本件譲り受けに加功したとみる余地もあるけれども、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため適法手続によらない覚せい剤の流通所持使用一切を禁止している覚せい剤取締法の法意に照らすと、同一法条に規定している覚せい剤の譲り渡し及びその譲り受けは、いずれも覚せい剤の流通に関する行為として、同一法益の侵害行為類型とみるべきであるから、贈収賄罪等の典型的対向犯と異り、譲り渡しに加功した行為が同時に譲り受けに加功したことになつたとしても、必らずしも譲渡罪の成否を左右するものでないと解するのが相当である。この点の弁護人の主張は採用しない。

三、次に、営利の目的の存否についてみるに、被告人及び南は、いずれも覚せい剤の密売人として覚せい剤取引により継続的に利益を得て来たものであり、本件取引当時、被告人としても、南が営業的に本件覚せい剤を取得しようとしていることを熟知していたのであるうえ、被告人が危険の多い覚せい剤取引に前記のとおり積極的に関与し、物資の欠乏していた南にも利益をもたらそうとしたのであるから、被告人自身「相応の財産上の謝礼」を期待していたことは当然と言わねばならない。現実にも、本件取引のすべてが完了した直後において、他に見るべき理由もなく、南から被告人に現金一万円が贈られているのであるから、営利目的の存在を肯定する被告人の捜査官に対する供述調書は措信するに値し、これらによれば、被告人に営利の目的が存した事実は優に認めることができる。この点の弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為はいずれも覚せい剤取締法四一条の二第一項二号、一七条三項に、判示第三の所為は同法四一条の二第一項一号、一四条一項に、判示第四の所為は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、同条一項二号、一七条三項に各該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第四の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年四月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入し、押収してある覚せい剤三包(昭和五二年押第一六八号の1ないし3)は、判示第三の罪に係る覚せい剤で、かつ被告人が所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山英已 北野俊光 土居葉子)

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